よそのお宅ではどうなんでしょう・・・??

我が家の高1と中2の二人の息子たち。

顔立ちもあんまり似てないし、性格も(うんと深いところはともかく)パッと見はまったく正反対。

ですが・・・なんだかしらないけど・・・・ずいぶん、仲良し。

どうなんでしょうか。この年頃のしかも、二つ違いの兄弟って。なんだか、いろいろ軋轢があってもよさそうなんですが・・・・あんましありません。ケンカしてるところもあんまり見たことないし・・・・。

いや、悪いっていうんじゃないんですけども。いいことなんですけども。

でも、でも・・・・。この年頃で、毎日一緒にお風呂に入るfujiっていうのはどうなんだろう・・・???しかも、我が家のお風呂はお世辞にも広いとはいえない、どちらかといえば、お一人様仕様。

毎日、

「おーい、いっちゃん、風呂はいるぞー。」

「シュンター、風呂はいろー。(いっちゃんは、兄ちゃんを呼び捨て。まあ、これは、いまどき、わりと普通みたいですね。よそのお宅でも・・・。)」

とお互いに声を掛け合い。まだまだ、天真爛漫なのかと思いきや、私@母が覗こうとすると、猛烈な勢いで怒りまくりban。なんだよー・・・・pout

しかたなく、外から伺っていると、なんやらかんやらと楽しく談笑しながら、やがて、二人で大きな声で歌を歌い始めますnotes

そうか、一緒に歌が歌いたくて一緒にお風呂にはいるのか!

と思うほど、気合を入れて、相当時間、何曲も何曲も!wave

・・・・・これって、普通なんだろーか???どうなの??

いつも、「家は家!よそはよそ!」と言っている手前、大きな声ではいえませんが、実際、「よそ」はどんな感じなんでしょーか・・・・ということが、気になりつつ、いつまで続くかなーと、まあ、半分面白がっているのでありました。

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国際比較、学校編?!・・・1.おやつ

英語科講師のお仕事に入る前に、ALT(ネイティブの)先生がたと一緒の研修会がありました。

ALTと日本人講師、一組であちこちの学校に派遣されるわけですが、研修会では、その面々が大集合、なかなかに興味深い場でありました。

5,6人のグループに分かれて、一応決まっているお題でいろいろ意見交換とか議論。私のグループはアメリカ人、オーストラリア人、ニュージーランド人の3人のALTと私ともう一人の日本人講師というとりあわせ。

3人のALTのうち、アメリカ人とオーストラリア人のお二人は、もうALT数年目という大ベテラン。ニュージーランド人の人は今年が最初。ということで、先輩方がいろいろ指南する場面も。

「校長先生の前で話すときは、ポケットに手を突っ込むなよ。」

「10時にティータイムはないから、朝飯ちゃんと食っていけよ。」

「基本、昼休みでも、昼寝はしないほうがいい。とくに職員室では。」

「授業のとき、机に腰掛けたらだめだぞ。」

私も、息子たちがアメリカの公立小中学校でお世話になっていたので、わかるのですが、だいたい、このへんは、許される範囲だったような気がしますねー。

「10時のティータイム」というのは、だいたい10時ごろの、いわば、「おやつの時間」のこと。息子たちが通っていた学校では、「スナック・タイム」って言ってました。オーストラリアやニュージーランドにもあるんですね。

みんな家から、クッキーとかチョコレートとかバナナとかちょっとしたおやつを持ってきて食べます。もちろん、食べる子食べない子いて、そのへんは、自由。

最初、スナック・タイムのことを聞いたとき、親子で事情が飲み込めず、とくに、二男いっちゃん@融通が利かない男、は日本の小学校のことを思い出して、

「学校におやつを持っていっていいなんて、おかしい!持ってきてない子もいる。」

と断固拒否。しばらくたって、英語が読めるようになって、学校のお便りで、「スナック・タイム」が正規(?)の存在と知って、やっと、持って行くようになりました。ま、確かに、私も最初は、「はあああ?学校におやつもって行く???」と半信半疑でしたが・・・・。

そのいっちゃんですが、先日、学校の帰りが遅かったので、理由を聞くと、

「教室のゴミ箱にキャンディーの包み紙が捨ててあったんだよ。それで、HRが伸びて遅くなった。・・・・なんかさあ、アメリカの学校のこと思うと、それがどうした?って思うんだけど、まあ、これが郷に入っては郷に従え、ってことなわけだよね。」

「つまりさー、厳しいところが違うんだよね。逆に日本では、コンダクトシートがないから、Uを何個とったら、休み時間なしとか遠足なし、とかないし、留年もないし。全体で考えると、日本の学校のほうが、親切かもな。」

コンダクトシートというのは、いわば、「素行評価」みたいなもんで、悪さをすると、P (Poor・素行不良)とかU (Unacceptable・容認し難い)とか先生が書き込みます。このシートは毎日、親が見て、サインをするので、PとかUとかがついてると、「あんた、一体、何したの?!」ってなことになるわけです。(ちなみに良いほうは、E (Excellent)、 普通だとS (Satisfied)がつきます。)

・・・・それはともかく、その後も、「学校国際比較談義」は続きます・・・・。

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幸せな時間割

ちょうど、一年ほど前。長男・シュンタ@当時中学3年が、

「腹減ったー!」と帰宅、居間のテーブルでおやつを食べながら、

「ちょっと、聞いてよ。今日、ひどいんだよ。中間テスト、終わったばっかなのにさあ、今日、また、数学と英語の小テストがあってさあ・・・」
「まあ、受験生なんだから、あたりまえじゃない?」
「だけどさあ、その小テスト・・・・・美術の時間潰してやったんだよ、ぼく、絵の続きが描きたかったのに・・・しかも、美術は週に1回しかないんだよ・・・。」

ふーん、そりゃあ、残念だったねえ、と返事をしようと思ったそのときです。

「うぉうおうおうおうおうおうおうおう~~~!!」

いきなり、大号泣。しかも、野太い声で。。。。あっという間にテーブルの上に涙の水溜り・・・・。

実は、シュンタは、昔から限界がくると、涙腺が決壊し、そりゃあもう、ものすごい勢いで大泣きするのです。泣く、なんて生易しいものではなく、ほとんど、「咆哮」。こぶしを握りしめ、天を仰ぎ、のどの奥から声を振り絞って全身で泣きます。もう、見てるほうは、あっけにとられるしかありません。。。小学校時代は、友達から、「あいつは泣かすな」とささやかれていたらしい。声変わりして、背が伸び始めたころから、「さすがに、もう、やばいよね。」と「自主規制」モードに入ったようでしたが・・・・

私も、ひさびさに口をあんぐりあけて、あっけにとられました。

おいおいおいおい・・・・。

「わかった、わかったから。もう、泣くなよー。」

「泣いてない!!」

・・・・・・

さて、すったもんだあった高校受験も終わり、現在シュンタは、高校の美術系コースの1年生。週30時間の授業時間中9時間が美術系専門の授業。実技の授業も多く、課題や、技能検定の勉強も。同級生の一枚も二枚も上手の画力に圧倒されつつ、刺激を受けて奮起したらしく、今のところ、毎日いい顔で、せっせと学校に通っています。

もちろん普通科目の授業もあって、苦手な国語や社会のノートも今のところ、がんばって取っているようです。もちろん、相変わらず、漢字には苦労してるし、書くのが追いつかなくて途中になっていたり、字がぐちゃぐちゃになってあとから判読不能だったりしているようですが、中学校までと違うのは、そこのところは、ちゃんと(?)友達にノートを借りて、写させてもらったりと、「自衛手段」をとるようになっているところ。

「だって、ちゃんと勉強しないと、留年するからね。」

まあ、つぶれたら泣くほど好きな美術系の授業が全体の3分の1近くある「幸せな時間割」なわけですから、少々苦手な授業があったって、英気と元気とやる気を充填して臨む余裕があるってことでしょう(笑)。

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からっぽの職員室

英語科講師として中学校に通い始めて、一週間が過ぎました。週3日の勤務日には、それぞれ3クラスずつの授業が入っていて、それ以外の時間は職員室でALTの先生と授業計画をたてたり、教材の準備をしたり。一日があっという間にすぎます。

授業のない時間に職員室で仕事をしていて、気がついたのですが・・・・

ほかの先生方は、朝、職員室で全員そろってミィーティングしたあと、ほとんど自分の席にもどってこない!授業の間は10分しかインターバルがないですから、一日4コマとか、担任を持っている先生だとHRの時間いれて5コマとかになるわけで、確かに戻ってくる暇はないですよね。。。

お昼の時間も、ランチルームで生徒さんと一緒に食べる先生方がほとんどなので、職員室はからっぽ。

その後のお昼休み~掃除の時間も、もどってこない。

そのまま、午後の授業、放課後も部活、各種会議に、研修会で、職員室に先生が集まってくるってことは、朝の会のとき以外はない!

・・・・つまりは、先生たちは、朝から夕方までほとんど、立ちっぱなし、歩きっぱなしってこと。(もちろん、授業中も、生徒さんはみんな座ってますが、先生は立ってますからね・・・・)

いや、まあ、現場の先生たちにしてみれば、「それがなにか?」ってことなのかもしれませんけども、外から来た身としては、軽く、カルチャーショックといいますか、いや、そんじゃ、先生たちいつ、授業の準備してるんだろう・・・なんて当然思うわけで、これは、もう、残業するか、家に持ち帰るしかないんだろうなんてことは、自明の理であるわけで・・・。

それに加えて、尿検査の再提出だの、校外合宿の体験希望の締め切りだの、何とか部会の出張だの、2年○組の××くんは、今日も来てないけど、家に電話してみなくちゃだの、△△さんの親御さんとは話ができたかだの、連休で、1年×組の社会の授業がつぶれまくって、限界まで遅れてるんだけど、授業変更できないかだの、体育の時間に2年△組の○○くんが脱走したけど、その後どこにいたかわかったか、だのだのだの・・・・

はたで聞いているだけで、胃が痛くなるような一日が当たり前に展開されております。さすが生身の人間相手の仕事。時々刻々、いろいろな状況が勃発し、これじゃあ、のんびり職員室でくつろいでなんかいられないわけです。

先日も、やっと席にもどってきたと思ったら、パソコンを開いて画面をにらみながら猛烈な勢いでキーボードをたたき始めた先生が、天井をあおぎながら、

「あーーーー!!仕事が終わらない~~~!!」

とうめいているのを目撃。その先生は、どうやら、この学校の特別支援教育担当になっているらしく、その数日前は、授業やって、家庭訪問行って、その足で、特別支援関係の研修会に出張、というおそろしいスケジュールでした。。。

でも、こーーーんなに忙しいのに、先生たち、基本的に、目に光のある、いい顔をされているんですよねー。生徒さんたちのことをものすごく嬉しそうに職員室で話し合ってたりして。生徒さんたちを前にすると、コワイ顔になったりもしますけども。やっぱり、「生きもの」を相手に日々奮闘している人って、ジャンルを問わず、いい顔になるのかな。

だけど・・・・やっぱり、「生きもの(=子どもたち)」を相手にするには、今の先生たち忙しすぎるような気がするのですが・・・。どうなんだろう?

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中学校の英語の非常勤講師

ご縁があって、今年度、非常勤で中学校の英語科講師のお仕事をさせていただくことになりました。勤務日は週3回。ALT(外国人英語講師)と一緒に、英語でのコミュニケーションの授業を行います。

なんでも、「教育職員免許法第3条の2」というのに基づく、「特別非常勤講師」というのがあって、「英会話など、教科の領域の一部、または小学校のクラブ活動などを担当する非常勤講師には、免許を持たない者でも充てることができる。」という条項に私は当てはまります。

もともとは、理系出身ですし、人の顔と名前を覚えるのが昔から大の苦手で、こんな人間が学校の先生になっちゃいけない、と思っていたので、学生時代に教職も選択せず、教員免許ももっていません。まさか、40歳をすぎて、仮にも学校の先生になるなんて、思いもよりませんでした。。。coldsweats01 ・・・人生、わかんないものです。

それはともかく、英語科講師に応募してみようかな、と思ったきっかけのひとつにシュンタのLD(ディスレキシア)があります。英語の学習には、「読む・書く・聞く・話す」の4つの領域があるとされています。もちろん、アメリカでの学校生活でも、「読む・書く」には、相当苦戦したシュンタですが(もう二度とゴメンだ、とは本人の弁)、普通に現地で生活していて身につけた「聞く・話す」力は、頭でではなく、文字通り「体で覚えた」もの。一回自転車の乗れるようになったら、その後、しばらく乗る機会がなくても、ちょっと練習すれば、また勘がもどるように、もう、自分の感覚の一部になっているので、「長所はわすれっぽいことで短所もわすれっぽいこと」と自認するシュンタもさすがに、そうそうすっかり忘れちゃうということはないようです。

それから、以前、家庭学習のお手伝いをしていた中学3年生の女の子は、やはり、ディスレキシアじゃないかな、と思う節がありました。話していると、とても論理明晰な物言いだし、自分の意見もしっかり話すことができるのですが、どうしても英語の教科書がうまく読めない。よく聞いていると、b とd や、p とq を読み間違えていたり、free を tree と読んでしまったり。一語ごとに、つっかえるので、ほんとうにいやになってしまっていました。

「いやー、ほんと、英語はだめなんですよ。ぜんぜん読めない。もう、あきらめてます。」

と笑いながらいっていましたが、リスニングはどう?と聞くと、

「あ、リスニングは、いいんです。いつも。なんか、勘でいけちゃうんです。っていうか、リスニングしかいつもテストで点数取れない。でも、あんまし、配点ないから・・・あははは。」

というので、勘がはたらくというのは、偶然やまぐれじゃない、勘がはたらくだけのなんらかの力が必ず身についているはず、きっと聞く力がすごくあるんだと思う、英語の歌でいいから、聞いてまねしてみるといいよ、と話してみたのです。すると、実は、ハイスクールミュージカルというアメリカの若い子向けのドラマが大好きで、その挿入歌は耳コピーで歌ってみたりしてる、といって、歌ってくれました。それが、ものすごくナチュラルな発音。あなたは、絶対に、英語がぺらぺらになるはずだから、できないとか嫌いとか思わないで、ぜひ、自分なりに楽しんで続けていってね、なんて話をしたことがありました。

つまり、「読み・書き」が苦手でも、「聞く・話す」はできるようになるということで、もし、中学校の英語学習において、「読み・書き」の場面では上手くいかなくて、めげそうな生徒さんも、「聞く・話す」、いや、「聞く」だけでもいいから、少しでも身についたという実感がもてれば、救いになるんじゃないかなー・・・・なんてことをつねづね、思っていたわけでした。まあ、これは、LDがあるなしに限った話じゃなくて、子どもたちみーんなに当てはまることでしょうけれども。

ま、そんなことも思いつつ、どこまで、できるかわかりませんが、ALTの先生と一緒に、工夫して、楽しい時間がつくれたらいいなーと思っています。

・・・・息子たちには、

「えー!!いや、それ、ちょっと、大変だよー?こういっちゃなんだけど、中学生だよ?けっこうキビシー反応のときもあるかもよ?小学生のようにはいかないよ?」

・・・・・と脅されていますが・・・・crying

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広辞苑

(さらに、二男ネタ・・・)

中学2年生に進級した、二男@いっちゃん。進級にあたっての目標は、

「忘れ物をしない。提出物をきちんと出す。」

小学生の目標ですか?って感じですが・・・・いやいや。まじめな話で。

最近の学校の成績は、「絶対評価」といって、定期テストの点数だけじゃなくて、生徒の良い点や可能性、進歩の状況などを評価する、「個人内評価」という姿勢がとられています。とはいえ、「客観的な評価」ができるように、参考となる「評価基準」があって、提出物の提出状況なんかも、その評価の観点の一つ。

ところが、いっちゃんは、1年生の間、「自己判断」で、提出をしたりしなかったりしていたようで、学年末の成績表に「テストもがんばって取り組み、授業にも積極的に参加していたにも関わらず、忘れ物や提出物の提出状況が悪く、評価につながらなかった面があります。」と担任の先生にコメントをいただき、はじめて、事の重大さ(?)を実感したらしい。

それまでも、

「だって、提出したって、はんこが押されて還ってくるだけだもん。自分できちんとわかって、やってあればいいじゃん。」

なんてうそぶくたびに、

「だーかーらー、提出物は、『提出する』ってことに、意味があるの!仕事と同じなの!お客さんに注文されたものを期日までに仕上げたって、それをお客さんにわたさなくちゃ、意味ないでしょ?忘れ物だってそうだよ!将来、そういうことがきちんとできるようになるための練習なの(たぶんsweat02)!」

と、がみがみ何度も言ったんですけども、結局、自分で痛い目にあわないとわかんないもんですね。

で、新学期になって、いろいろ作戦をたてて、がんばっている様子(笑)。先日も、

「おかーさん、辞書、辞書。明日、国語辞書がいる。」

というので、

「え?机の上にあるでしょ?」

「あれ、漢和辞典だもん。国語の辞書がいるんだよ。」

「だから、漢和辞典と一緒にセットで買ったのがあるでしょ?」

「・・・・・・」

「あるでしょ?あれ、どうしたのよ?」

「小学校のときになくした・・・・・。」

・・・・・・・・・。

なくしたじゃないでしょー!(しかも、いつの話だ!?)angrythunder

と雷を落としたあと、しかたないので、本棚を探しましたが、ハンディタイプの国語辞書が見当たらない。すると、テレビを見ていたおとーさんが、

「あ、わりー、小さいやつ、おとーさんが会社に置いてるぞ。」

「えー、でも、明日学校でいるんだよー。」

「そんなの、お前が自分のなくすから悪いんだろ。」

うーむ。困った。今から本屋に走るか?でも、なんだか、それも癪にさわるな・・・と、本棚を眺めていて、目に留まったのが、

広辞苑

「よし、いっちゃん、もう、明日はしかたないから、これ持って行きなさい。」

といっちゃんに渡しました。

「えー?これー?むちゃくちゃ重いんだけど・・・・」

「しかたないでしょ!今、うちにこれしかないんだから!」

「わかったよう・・・。」

(ふははは!自業自得。いい薬になるじゃろうてcatface

と、思っていたのですが・・・・。

次の日、学校から帰ってきたいっちゃんに、

「辞書、どうした?」

と聞くと、

「え?学校においてきたよ。」

・・・・sign02

「だって、毎回持って帰るの重いじゃん。」

「・・・っていうか、ずっと、あれ、学校で使うつもり?」

「そうだよ?なんで?あれしかないんだから、しかたないじゃん。授業のときに、机の上に出しといたら、みんなに、『うぉぅ、でけー!』って言われたけどね。」

「授業中に?机の上に出してたの?・・・・・せ、先生には、何も言われなかった?」

「え?ああ、『おう、やる気まんまんだな!』って言われた。だから、『ちがいます、そんなんじゃありません。うちに、辞書はこれしかなかったんです。』って言った。」

と、「それが、なにか?」といわんばかり。・・・・・・いやいや・・・・さすが、っていうか・・・なんていうか・・・・どうやら・・・・

ぜんっぜん、気にしていないらしい・・・。

横で一部始終をきいていた、兄@シュンタが、

「いっちゃん・・・・さすがだ・・・。ぼくだったら、ぜったいに嫌だけどな・・・・。」

ちなみにおとーさんに話すと、げらげら笑いながら、

「じゃー、もう、会社から小さいやつもって帰ってこなくてもいいな。いーだろ、ロッカーにいれてとけば。え?またなくす?あんなでかくて重いもん、どうやってなくすんだよ。」

・・・・そお?そんじゃ、そうしますか?いや、本人がいいなら、別にいいんですけどね・・・。

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「小学生以下は無料になりますが・・・」

二男ネタが続きますが・・・・

先日、長男・シュンタ(高1)と二男・いっちゃん(中2)の3人で、ファミレスに入ったときのこと。ウエイターさんに

「ランチAセット二つ、Bセット一つ、全部、ドリンクバーつきでお願いします。」

と注文すると、ウエイターさん、いっちゃんににっこり微笑んで、

「小学生以下の方は、ドリンクバーが無料になりますので・・・。」

いっちゃんは、まだ背が伸び始めていなくて、顔もまるっこくて、小学生といっても違和感がないのです・・・・うっ、どうしよう?と一瞬、テーブルの上の空気が固まりました。typhoon

すると、一瞬の間をおいて、いっちゃんが、

「いや、みんな、ここは、やっぱり、正直にいこうよ・・・ぼくは、中学生です。」

とやっちゃったもんだから、ウエイターさんはバツがわるそうだし、シュンタは天井を仰ぐし、私は、「あ、いや、よく間違えられるんだよねー」とかなんとかあたふたと誰ともなしにつぶやいたりして・・・・sweat01

ウエイターさんが立ち去ったあと、シュンタが、

「・・・・っとに、お前はさあ・・・・」

というと、いっちゃんは、

「え?だめだった?やっぱり、だまってただにしてもらったほうがよかったかな?」

え、いや、そうじゃなくてさ、ぼくは、中学生です、だけでいいんじゃない?「ここは、正直にいこうよ」は余分でしょう?

「だって、みんな黙ってるから・・・・」

といっちゃんがいうと、

「ぼくだったら、ずっと黙ってるけどね。」

とシュンタ。おい!

「えー!そーなの?おかーさんも黙ってたしさあ。」

え、いや、おかーさんが黙ってたのは、そういうことじゃなくて(そういうこともちょっとはあるけど)

「いや、どーしようかなーと思ったわけよ。ウェイターさん、せっかく親切で言ってくれたのにさ、いっちゃんを小学生だと間違えたってわかったら、恐縮しちゃうでしょ、普通中学生が小学生に間違われたら、いやじゃん。で、ウェイターさんが失礼しちゃったな、って申し訳ない気分になったら、気の毒だなーとか思ってたら、変な間があいちゃったわけよ。」

と、無理やり言い訳をひねり出して言うと、いっちゃんは、

なるほど!

と真顔で心底感心した、という様子。

「ふ、深い。そこまで考えなかった。そうか、いやー、すっごく勉強になった!」

え・・・・いや・・・・別に、それほどのことじゃないから。別に、普通に

「ぼくは、中学生です。」

って言うのでぜんぜんOKだから。

・・・ただね、「ここは正直にいこう」は心の中で言ってほしかった、ってそれだけだからcrying

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人を指差しちゃなぜ、いけないか。

うちの二男坊・いちゃん@中2は、自他共に認める、かなりの「KY(空気が読めない)男」です。

小学校ころでしたか、電車の中で、

「ねーねー、おかーさん、あの人さー・・・」

と思いっきり、指差しながら、話すので、慌てて、小声で、

「いっちゃん!人を指差しちゃいけません!失礼でしょ!」

と叱ったら、「なんでー?」という顔をしながら、伸ばしていた人差し指をしまって、グーで指差し、いや指はさしてないから、腕さし?したのには、びっくり。いやいやいや・・・・そーゆーことじゃなくてさ・・・・。

「なんでだめなの?」

と聞くので、

「なんでって、失礼だからでしょ。いっちゃん、ぜんぜん知らない人から指差されたら、なんか嫌な気持ちになるでしょ?自分がされたら嫌な事は人にもしない。これ、基本。」

「・・・・・んー・・・・どーかな・・・・あんまし、気にならないかも・・・。」

「・・・・と、ともかく、人は指差さない。腕もささない。いい?」

「・・・わかったけど、じゃあ、どうやって、おかーさんに、あの人だって教えるの?」

「えっと・・・だから、『ドアのところにたってる、帽子の人』っていうとか?あ、でも、そのときに、その人じろじろ見ながらいっちゃだめなんだよ、それで、できたら、小さな声で・・・・」

・・・・と、説明していくうちに、なんだかどんどんドツボにはまるというか、なんとなくことばにして教えていくのが、はばかられるというか、なんつーか、ようするに、

「んなこと、説明するもんじゃないだろう!」

と言いたくなるわけで、やれやれです。

長男のシュンタには、こんなことわざわざ教えたことは一度もないんですけどねえ。。。。こういうことって、普通は、周りの人がやっているのを見ながら、なんとなく、そういうもんなんだな、と分かっていく事だと思うんですけど、どーやら、いっちゃんは、この「なんとなく」「さりげなく」っていうのが苦手らしい。

スパイとか探偵とかCIA捜査官とか絶対に、無理そうですcatface

・・・・まあ、そのときは、これは、ヤバイと焦るんですが、考えようによっちゃ、落語のネタみたいなもんですかね・・・・とほほ。

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成人ディスレクシアの方の体験談・・・2

中学校時代というのは、純粋に発達の面で、心も体もすったもんだする時期。ざっくりいうと、どんな子だって、多かれ少なかれ、「まっとう」ではいられない時期なんじゃないかと思います。自分の中学時代を思い返しても・・・苦笑い。そういえば、「中二病」なんてことばも生まれるくらいで。

読んだり書いたりに困難があると、中学校の3年間というのは、本当に辛い・・・。特に板書が多い授業だと、大変。黒板を写すのがやっとで、先生の話は全く頭に入ってこないし、そうやって一所懸命とったノートも、字が乱れていて、後から自分でも読めなかったり・・・30代のお父さんのほうが、苦笑いしながら話してくれました。

「だから、どのノートも最初の数ページはがんばって書くんですが、続かなくて、あとは、真っ白なままでした。」

(あー、、、、家にも似たようなノートが何冊かあるな・・・)

自分ができないという事に対しても、どんどんマイナスな感情が大きくなっていって、学校は本当につらかったそうです。

ここで、会場から

「今は、そういった場合、つらくなって不登校になったりするケースもあると思いますが、お二人は、そういうことはなかったんですか?」

という質問が。それに対して、30代のお父さんのほうは

「幸いなことに、体を動かすのが好きで、中学校時代は、部活がとても楽しかった。学校は部活をやりに行っていたので、私自身のことをいえば、学校にいかない、ということは考えなかったですね・・・・。ただ、もし、そういう場がなかったとすると、それでもどんなにつらくても、学校にいけとは、思いません。」

20代の青年のほうは、

「僕の場合、数学は好きだったし、友達もいましたし・・・それに、わからなくて、出たくない授業のときは、教室にいないようにしてましたから・・・・」

と、それぞれ答えてくださいました。

30代のお父さんのほうは、今、営業のお仕事をされているそうです。でも、これまで、ずいぶんと仕事の面でも苦労して、いろいろな方法で切り抜けてきたそうです。

「昔は、顧客情報や、報告書も全部手書きでしたから、本当に大変でした。特に絶対に間違えられない、お客様の名前を漢字で覚えるのに苦労しました。まず、そのお客様のお宅の風景やお尋ねしたときに感じた匂い、音、手触りなんかを思い浮かべてそれを手がかりに名前の文字を記憶の奥底から引っ張り出してくる・・・そんなことをいちいちやっていた気がします。だから、ものすごく時間がかかるんです。」

「ワープロ、パソコンが導入されたときは、本当に助かりました。」

「お客様から送られてきたファックスの文字が読めなかったりするときは、お電話をして、

『ファックスの文字がつぶれているところがあるので、大変申し訳ありませんが、読み上げていただけますでしょうか?』

なんて機械のせいにするなんていう裏技もつかっていました。」

などなど、とても具体的なお話もしてくださいました。今の職場では、自分が読み書きに困難があることをとても信頼している、直属の上司の方にだけ、打ち明けてあるそうです。

「その方はとても、よく理解をしてくれていて、会社で席が隣なんですが、書類なんかを読んでいて、ぼくが読みにつまっていると察すると、さりげなく、横から、読み方をメモに書いてくれたりして、そんなときは、本当に嬉しいです。」

今は、それぞれ仕事をもって社会人としてがんばっておられるお二人ですが、いずれも、がんばりすぎたり、無理が重なったりで、体を大きく壊したことがあるとのことでした。

最後にこれまでを振り返ってみて、一番助けになったのは何か?という質問に、お二人ともが「自分を理解してくれ、認めてくれる人の存在」とおっしゃっていたのが、心に残りました。

「家族でも、友達でも、上司でも、先生でもいい。たった一人でも、そういう人がそばにいてくれれば、がんばれるものです。」

難しく考え込んでしまったり、必要以上に複雑に捉えてしまって動けなくなったとき、何かをしたいと思ったとき、ブレを無くすためにも、大きなヒントになる一言に思いました。

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成人ディスレクシアの方の体験談・・・1

先日、サポートセンターの先生からご案内いただき、「読み書きの困難」を抱えながら社会にでて働いている成人の方お二人の体験談を聞く会に出かけてきました。

どうも、ディスレクシアとかLDっていうと、トム・クルーズとかエジソンとかアインシュタインとかがそうだったんでしょ?というプロトタイプなイメージが広がっているような気もします。(まあ、知られるようになっただけましということかもしれませんが)。

でも、実際は、全体の8%ともいわれる、けっして、少なくない数の人たちが、地味に人知れず、「読めない」「書けない」というもどかしさと日常的に向き合いながら、ごくごく平凡な毎日を真面目に生きている、というのが現実なはずです。どこかの遠い人の話じゃなくて、身近で現実味のある話を聞いてみたいと思っていたので、大変貴重な機会になりました。

50人ほどでいっぱいになる会場は、満員で、参加者のほとんどは、私のような小学生・中学生の保護者の方のようでした。

お話してくださったお二人のうち、お一人は、30代のお父さん。お一人は、20代の若者で、二人とも男性でした。二人ともにこにこ終始、穏やかな笑顔でユーモアたっぷりで、豊かな人間性があふれ出していましたが、そのお話、とくに小・中学校時代の体験は、本当に身につまされました。

もちろん、お二人が学齢期のころは、「読み書きの困難(ディスレクシア)」なんて概念は、知られていませんでしたから、自分がそうなんだ、と認識したのは、ごく最近だそうです。30代のお父さんは、父親になるにあたり、自分について納得しておきたくて、数年前、診断を受ける事を決心したそうです。20代の青年は、お姉さんが、ディスレクシアのことを知って、もしかしてそうじゃないか、一度相談したらどうかと勧めてくれたのがきっかけだったそうです。

小学校時代はどんな感じでしたか?という質問に対する30代のお父さんの答えが印象的でした。

「読めなかったり、書けなかったり、わからなかったりということを知られたくなくて、わざとひょうきんに振舞って、みんなの注意をそらしているようなところがあった。」

「だから、友達はたくさんいたけど、本当のところをわかってもらえていないという気持ちをいつも感じていた気がします。」

20代の青年の学校で一番辛かったこと、というのは、とても他人事とは思えません。

「数学は、(といっても、計算だけで、文章題になるとまるっきりだめでしたが)できたので、国語や社会が出来ないのは、怠けてるからだとか、もっとがんばれるだろうとか親や先生に言われるのが本当に嫌だった。」

「ある日、漢字のテストで、たまたま、一つの漢字がポッと思い出せて、やった!と思って書いたら、先生に、『お前が書けるわけない、カンニングしただろ?』といわれてショックだった・・・。」

・・・・・あー、あるある。。。。似たようなこと、たくさんあるよ・・・・。となんだか、胃が痛くなるよな思いでした。。。。

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